「日本」という国名のきっかけは茨城県と千葉県にあり

この記事では、「日本」という国の名前の起こりは今の茨城県と千葉県がきっかけではないかという私見を語ります。国名のきっかけになったというだけで、日本の起源は茨城と千葉なのだとか言うつもりはありません。

スポンサーリンク

3行で言うと?

東の果て(茨城・千葉)から出てきた人を含む勢力が日本列島の政治の実権を握りました

→それまで「倭」って名乗ってたけど、マジで東の果てなんだから「日本」って名乗る資格あんじゃね?

→中華帝国様(唐)も「日本」という名前を認めました

もうちょっと詳しく説明しましょう

藤原氏は7世紀中盤~後半に、大化の改新1)誤解を与えない名前で言えば「乙巳の変」です。などによって天皇家を盛り立てて政権に深く携わるきっかけを掴みました。

ちょうど同じ頃に、中華帝国(唐)に対して名乗る国名が「倭国」から「日本国」へ変わりました。

実は藤原氏の氏神様のトップと2位は茨城県の鹿島神宮千葉県の香取神宮なのです。

茨城県や千葉県と言えば、東のさい果てです。これより東には、ただただ海しかありません。

東の果てである茨城県や千葉県から出てきた人が政権に深くたずさわる国。

お日さまが出てくるところから一番近い国なんだようちの国は!って堂々と主張できるようになったということです。

だからこそ「倭」から「日本」に変えようぜ!ということになったと思ったのです。

で、その国名変更を中華帝国様もお認めになられました、と。そういうことです。

春日大社の社宝

藤原氏の氏神は奈良の春日大社なのですが、奈良の春日大社と言えば鹿をたくさん放し飼いにしていることで有名ですよね。

実はこの鹿は元々は茨城県の鹿島神宮が発祥で、春日大社の言い伝えでは「鹿島から神様が鹿に乗って奈良にやってきた」というのが春日大社の始まりなんですよ。

何か月か前に東京国立博物館で「春日大社千年の至宝展」という特別展示会をやっていたので見に行ってきたのですが、「神様が鹿島から鹿に乗って奈良にやってきた」っていう伝説を描いた掛け軸がたくさんありました。

実際に鹿島神宮に行ってみると今でも鹿島神宮の中で鹿を飼っています。

藤原氏が東国出身と主張する理由

要するにマジで言いたいことは、古代に日本列島の政治の実権を握って以来今に至るまでやんごとなき家柄だと大多数の日本国民から思われている藤原氏が、古代から今まで一貫して

うちの先祖は鹿島神宮とか香取神宮から来たんですよ!

っていう主張を続けているということです。

そう主張することにメリットがあるということなんです。

だって、鹿島や香取から来たと主張するメリットがなかったら、

うちの先祖は天皇家と一緒で大和(奈良盆地)出身なんですよ!

って主張する方がなにかと都合がいいに決まってるじゃないですか。

だけど、敢えてそうしないで、東の果てから来たんですよ!と主張する。

つまりは、東の果てから来た人が支える政権なんですよ!って主張したかったということなんですよ。

大和にはまだ東に国がいくつもあるから、大和だけでは東の果て「日本」は名乗れない。

東の果てであると誰もが信じて疑わない茨城や千葉が間違いなく勢力下にあるから、堂々と「日本」を名乗れるようになったのです。

そして中華帝国様(唐)も東の果てまで含む国家であることを認めたからこそ、「日本国」という名前を正式な国史である旧唐書に記載することとなったのだと考えます。

中華帝国様ともあろう方が根拠もなしに「日本国」なんていうなんだか格好良さそうな名前を認めてくださるわけがないじゃないですか。

倭国と日本

私は「倭国」は筑紫の君(対中国の名乗りは「阿毎氏」)の国家で、「日本国」は倭国とは別の藤原氏を従えた天皇家の国家だと考えています。

筑紫の君の国家は卑弥呼の昔から続いてきたのだが白村江の戦いで唐に負けて滅亡し、代わって(東の果て出身の藤原氏が重臣として仕えている)天皇家が7世紀後半に日本列島の政治の実権を握ったのです。

白村江の戦いで大勝したにもかかわらず唐がその機に乗じて日本列島を直接配下に置くことができなかったのは、白村江の戦いで戦った勢力とは別の勢力が日本列島にいて、その「別の勢力(=天皇家&藤原氏)」が直ちに日本列島を支配して唐の付け入るスキがなかったからなのだと思います。

おわりに

日の立ち上る東の果ての国、日本。

その中でもさらに東の果てが茨城県と千葉県で、日本を代表する貴族である藤原氏の氏神様は鹿島から鹿に乗って奈良へやってきました。

東国の田舎っぽいイメージの両県ですが、日本が「日本国」と名乗るきっかけというか根拠となっていると考えます。

ふるさと納税!さとふるが簡単!

References   [ + ]

1. 誤解を与えない名前で言えば「乙巳の変」です。
スポンサーリンク
スポンサーリンク
レクタングル大
レクタングル大

シェアする

フォローする

スポンサーリンク
レクタングル大